探偵の流儀
いつもぽとすをご愛顧いただきありがとうございます。
メリクリでございます。スタッフの千尋です。順番が回ってまいりましたので、徒然なるままに書かせていただこうと思います。
本日のテーマは、「ホラー&ミステリ考」と題しまして、記念すべき第一回(今後シリーズ化してやろうと企んでいますので……)は、みんな大好き——
「横溝正史を考える」
でいってみようと思います。

さて皆さま、横溝正史作品の中では何が一番お好きでしょうか? 私はそうですねぇ…「悪魔の手毬唄」かな、やっぱり。
学生時代には横溝と乱歩を読み漁り、映像版は古谷一行と石坂浩二バージョンを制覇した横溝オタクです。
横溝作品の多くは、家同士のいざこざや男女の情念などから醸成された恨みつらみが、閉ざされた村の因習を土台に見立て殺人として、そこそこ残虐な手段でおこなわれるという構成です。
容疑者になり得る人間は限られていますが、公権力たる警察(と、村の駐在 ⇐こいつはだいたいマジで使えない)は悉く裏をかかれ、ちっとも事件を解決できません。そこに、別の用事でたまたまそこに呼ばれていた金田一耕助(名探偵)が事件を解決するわけですが、死ぬべき人間は全員死にますし、やっとこ犯人が分かったところで、だいたい自殺されてしまいます。
「本の雑誌」(1993 / 11)をもとにした、とあるサイトの調べでは金田一の探偵としての防御率は 1.5 。頭を掻きむしりながら「なんてことだ!!」とか言っている時はまだマシで、作品によっては「最初から犯人は分かっていましたよ(ドヤ)」などと負け惜しみを言い出す始末。
……はて、名探偵とは。
孫の金田一一ちゃんに至っては、「じっちゃんの名にかけて!」とか言っちゃってますけど、そんなんだからじっちゃんと同じ轍を踏んじゃってるんだよ。
では、一見間抜けな名探偵が活躍するこの探偵小説が、なぜ日本を代表するホラミスとして評価されているのでしょうか。
理由のひとつは、トリックの精密さと、ごく自然に張られた伏線の妙にあります。
張られた伏線はきれいにすべて回収されるのですが、これを回収しまくり、(人は死にまくりますが)みごとにトリックを暴くのが金田一なので、ここが名探偵たる所以でしょう。
ふたつめ、これは横溝作品の核となる部分ですが、地方独特の因習やごく狭いコミュニティでの人間関係が非常に陰鬱な点です。横溝は戦時中、岡山県倉敷市の真備という地方に疎開をしていたのですが、彼の作品のほとんどがここで生まれています。
いわずもがな昭和初期までの都市部を除く村や集落などでは、独自の因習が根強く残っているところも多くありました。これにヒントを得た横溝は「獄門島」や「悪魔の手毬唄」の「鬼首村」を岡山県に誕生させたわけです。実際には「獄門島」のモデルになった「六島」はとても長閑な小さな島ですし、横溝の疎開邸がある真備町には、横溝作品を辿る散歩コースなんかもあったりします。しかし、閉ざされた環境での逃げ場のない恐怖は、あたかも体験してきたかのような臨場感をもって迫ってくるのです。
さてみっつめ、映像的で耽美な描写、彼の文章表現力の高さは今でも他の追随を許していません。おどろおどろしく美しい、文章から映像が浮かんでくるような没入感は横溝正史でしか味わえないものです。

おっといけない、長くなりすぎました。横溝大好きな皆さま、ぜひ私と横溝談義をしてくださいませ。映像作品の中でも異端の「中尾彬バージョン」をご存じの方、ぜひ語り合いたいと存じます。
ぽとすではクリスマスも年末も張り切って皆さまのお越しをお待ちしております。
ぽとす 千尋


